SEMI通信 2016年1月号 レポート2

IoTは、いよいよ本格的な社会実装のフェーズへ

SEMICON Japan 2015 オープニングキーノートレビュー
株式会社エンライト伊藤元昭

IoTは、先行したコンセプトを基にビジネスや商品開発の動向を探る段階から、具体的なシステム、サービスが社会実装される段階へと移ってきた。

ものに埋め込んだセンサーによって収集したデータをクラウドに蓄え、ビッグデータとして活用する動きが拡大。既に、人々の生活や社会やビジネスの活動に大きなインパクトを与えつつある。こうした変化に対応し、これを商機としていくため、産業界には何が求められるのか。SEMICON Japan 2015の初日12月16日に開催された「オープニングキーノート〜IoTがもたらす未来〜」では、詰め掛けた満員の聴講者を前に、ICTサービスの進化をリードする企業のトップエグゼクティブ3人が登壇した。そして、IoTによるデジタル革命の最前線と今後の展開に向けたビジョンを大いに語った。

眼差しを常に人に向けた技術の活用を

 まず、富士通 代表取締役会長の山本正巳氏が登壇し、「ICTがもたらす革新」と題して講演した。ICT技術を活用した新しいサービスが次々と登場し、社会生活に目覚ましい変化をもたらしている。講演では、こうした変化の源泉となっているICTの今後の展開、産業や社会に起こり得る革新を俯瞰し、テクノロジーが豊かな未来の実現に向けて果たすべき役割を語った。

モバイル機器やウエアラブル機器など、ネットにつがる機器が爆発的に普及し続けていく(図1)。これによって、人々の生活や社会活動の様子を詳細に知る、データの取得が可能になり、これがデジタル革命を生み出す土壌を生み出している。山本氏は講演の冒頭で、「デジタル革命によって、既にさまざまな産業のビジネスモデルが変化し始めている」と指摘した。

図1 ネットに接続する機器は増え続ける

例えばメディアの分野では、海外の新聞の記事も居ながらにして読めるようになり、掲示板やSNSを通じて、他の読者の反応も知ることができるようになった。また、タクシーを1台も所有しない世界最大のタクシー会社、施設を全く所有しない世界最大の宿泊サービス企業が登場している。金融サービスでも、貸し手と借り手を仲介して、自らは資本を持たずに融資サービスを提供する新しいタイプの銀行が急成長している。ものづくり、農業、医療など、あらゆる産業でもこうしたビジネスモデルの変化が起きており、山本氏は「今後ますます加速していく」とした。

あらゆるものがインターネットにつながるIoTの活用が進むことで、さらに革新的なサービス、社会活動やビジネス活動の制御が実現できるようになる。ただし現実には、「企業が取得しているデータを、現状では十分活用できていない」と山本氏は指摘した。そして、「有効活用できるデータのうち、実際に分析されているのはわずか5%」というEMC社とIDC社が共同発表した調査結果を紹介した。

より多くのデータを有効活用するためには、さらなる進化が求められる技術分野がある。山本氏は、飛躍的に増える通信量を支えるインフラ、大量のデータを処理・分析する演算能力、人間のように学習・判断する技術などを具体的に挙げた。そのうえで、データを集めるデバイスや端末にも、収集するデータの多様化、低消費電力化、低コスト化などを推し進める必要があるとする。これら技術の進化には、いずれも半導体の進歩が欠かせない。

さらに、収集するデータがさらに増大するIoT時代の到来を前にして、特に開発を加速すべき技術分野を2つ挙げた。人工知能とセキュリティーである。

人工知能は、膨大なデータをキメ細かく分析し、判断を下していくために欠かせない。そして、「人間に迫る人工知能は、ソフトウェア面での進歩だけでは実現できない。多くの技術分野の協力が求められる」とした。実際、機械学習やディープラーニングで何らかの判断を下すようにするためには、膨大な時間を掛けて学習させなければならない。こうした学習の効率化には、コンピューターの性能向上が欠かせなくなる。

一方、セキュリティーは、IoTを活用するうえでの不安を除くために必須の技術になる。既に、2014年の1年間で日本の政府機関への攻撃が400万件に達し、米国では8000万件近い個人情報が流出する事件も発生している。あらゆるものがネットワークにつながる社会では、水道システムや送電線など社会インフラ、工場設備や金融システム、医療機器や病院のシステムなど、ハッカーなどによる攻撃でダメージを受ければ、取り返しがつかない影響が出てくる。  そして最後に、テクノロジーを発展させ、それを豊かな生活や社会活動の実現につなげるためには、「人を中心に据えて人を幸せにする技術開発を心掛けることがなによりも重要になる」ことを強調した。

IoTはあらゆる産業にビジネスモデルの変革をもたらす

 次に、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)代表取締役社長のアムル ラクシュミナラヤナン氏が、「Business in a Digital World ― デジタルフォースでビジネスを想造する」と題して講演した。世界経済は、ビッグデータを活用して動く、デジタル消費者経済へと移行する真っただ中にある。講演では、こうした時代を勝ち抜くために求められる、ビジネスを変革する視点を、同社が世界規模で行った調査研究の結果や注目すべき事例を基に語った。

TCSではおよそ5年前からIoTの研究を開始し、それをどのように活用して行ったらよいのか考えてきたという。そしてさまざまなプロジェクトを既に始めており、「世界中の企業や政府がその価値を認めるようになったことを実感している」という。

例えば、中東のある国では20万人以上の児童を安全に学校に通わせるためのスクールバスの運行にIoTを活用している。シンガポールでは、高齢者の生活サポートのために使っている。米国では、クルマに搭載したセンサーで運転状況をモニタリングする従量制の自動車保険が登場している。半導体の工場においても、IoTによって検知した一見大したことではないように見える問題の解決が、ライン全体の歩留まり改善に大きく寄与することを見つけるような成果を出しているという。このように活用例が増えてきたIoTだが、ラクシュミ氏は「まだまだ進化の途中である。技術のプラットフォームには伸びしろがあり、ビジネスのさらなる変革の可能性も追究すべきだろう」とする。特に、B2Cでの活用では、解決すべき課題が多く、プライバシー保護やセキュリティー確保にかかわるルールや技術の確立が欠かせないとみる。

TCSでは、世界の大手800社を対象にして、IoTの利用状況を調査した。その結果、IoTの利用によって、平均約16%も売り上げが上がっていたという。各社でのIoTの活用事例を分析すると、効果を上げていた適用例は大きく4つに分類できるという(図2)。出荷後の製品の活用状況をメンテナンスや次世代品の製品開発に生かす「製品とサービスのモニタリング」、ユーザーの行動や購買の履歴などからよりよいサービスを提供する「お客様のモニタリング」、部品や材料の量や質、置かれている場所を把握して搬送の仕向け先やタイミングを動的に変える「サプライチェーンのモニタリング」、ビルなどの電力の使用状況を把握してエネルギー効率を最適化する「場所そのもののモニタリング」などである。

図2 IoTの導入効果が大きな4つのケース

ラクシュミ氏は、こうした例でIoTを活用するための技術開発の要件を6つにまとめた。「拡張が可能であること」「使いやすいこと」「信頼性が高いこと」「柔軟性が高いこと」「セキュリティーやプライバシーが守られていること」「保守しやすいこと」である。そして、「IoTはさまざまな技術の組み合わせで、さまざまなサービスに大きなインパクトを及ぼすサービスを開発するときには、アーテクチャーはしっかりと作り込むことが何より重要になる」とした。

人類は、個々に世界につながる生き物になった

最後に、楽天 楽天技術研究所 執行役員 楽天技術研究所 代表の森 正弥氏が、「ビッグデーダ、データサイエンス、AIが導くビジネスの拡大とIoTへの道のり」と題して講演した。楽天は、電子商取引事業だけではなく、金融事業・デジタルコンテンツ事業など、多様な事業を展開している。講演では、同社が事業を進める中で実感している消費者の変化を、実例を挙げながら紹介。新しい消費者に向き合い、どのようなサービスを提供していくべきなのか、指針を示した。

森氏は講演の冒頭で、「スマートフォンなどスマートデバイスの登場で、人類そのものの質が変わってしまった。この点をキッチリと認識したうえで、サービスを開発しないと、成功するビジネスにはならない」と指摘した。  人々の変質が直感的に分かる例として、新しいローマ法王を選出する選挙、コンクラーベの結果が知らされるのを待つ民衆の様子を、2005年と2013年に同じ場所で撮った写真を比較して見せた。2005年の写真では、多くの人々が集まり、ただ結果が出るのを見守っている。一方、2013年の写真では、結果を知らせる煙突から上がる煙を写真に撮ろうと、多くの人がスマホやタブレット端末をかざしている。

この2枚の写真を、「2005年の人々と2013年の人々には、スマホの普及以上の大きな違いを感じることができる。2013年の人々は、FacebookやTwitterなどを通じて、世界中の人とコンクラーベを共有しようとしている。2005年の人々のように、その場にいる人同士の連帯感ではなく、世界とつながって人たちだ。ともすれば、隣の人には全く関心がない可能性すらある」と森氏は解説。個人が、組織やグループを介することなく、直接世界とつながっているようになったことを強調した。  

こうした、個人が常に直接世界とつながっている状態は、楽天がビジネスをしていく中でも、ハッキリと実感できることなのだという。人々の本質的な変化を理解しないままIoTを議論すると、大きな勘違いを起こす可能性があるというのだ。

 例えば、商品をマーケティングする時、これまでの手順では、消費者の特徴を分類して、商品特性に合ったペルソナを設定して、宣伝や販売の手法を考える。しかし、今やこうした伝統的なマーケティング手法が通用しなくなっている(図3)。例えば、楽天では、200万円や300万円もする甲冑が6カ月先まで予約で一杯になっているという。また、楽天の営業が試食した結果、まずくて売れないと判断した果物が、なぜか爆発的な人気で買えなくなっている。さらに、普通の干し芋なのに1000袋を売りに出した途端、1分で完売してしまう、といった事例が続出している。

図3 マーケティングの専門家が予測不可能なヒット商品が続出

常識的には売れると思えないようなものが爆発的に売れて、これまでの「自分がお客さんになった時に買うと思うか」という商品企画の原点が揺らいでいるとする。マーケティングの専門家が理解不能な部分に、商品としての価値がある場合があるのだ。

楽天には2億点の商品があり、年間の売り上げが30万円に満たない雑多な商品が足し合わさって、全体の売り上げの80%や90%を占める。一つひとつの商品を人件費の高いアナリストが精査し、30万円の売り上げを40万円に引き上げる方策など取りようがない。しかし、売り上げ全体の80%、90%を占める事業に、無策でもいられない。

この問題を解決するための技術こそが、「人工知能である」と森氏はいう。人工知能ならば、大量にある商品の特性に合わせた販売戦略を、個別に精査できるからだ。楽天では、約2億点ある商材が、それぞれどれくらい売れるのか、機械学習に基づいて予測するシステムを作っている。そして、このシステムは、「年間売り上げが30万円や40万円と思われる商品が、実際にはどれくらい売れるのか、ピンポイントで当てることができる」という。さらに、楽天は日本経済の縮図であり、こうした取引データを使って、さまざまな景気動向を予測できる。その誤差は、0.4%というすさまじいものだとする。

ただし、爆発的なヒットを予測できなかった商品もあるようだ。AKBのCDである。今は予測できるようになったとするが、握手券付きCDという従来の商品特性を破壊する売り方をしたため、予測が効かなかったのだ。「新しい枠組み、ルールを創り出すことが、これからの人の仕事ではないか」と森氏はみる。日々進歩している人工知能と、人々が持っている創造性を、どのように組み合わせるかが、今後の大きな課題になるだろう。

レビュー執筆: 株式会社 エンライト 伊藤元昭